2026年4月18日(土)、明石市明南町の「林崎掘割渠記碑」前で掘割祭(明石掘割土地改良区主催)が斎行され、地域研究センターの大西慎也教授、矢嶋巌教授、中村健史准教授が調査を行いました。

 林崎掘割は神戸市西区から明石市にかけて総延長5kmあまりの距離を流れる用水路で、万治元年(1658)、水不足に悩む林崎地域の人々が藩の許可を得て掘削したものです。元文4年(1739)にはこうした事跡を後世に伝えるため、明石藩の儒者・梁田蛻巌が筆を執り、林崎掘割渠記碑が建立されました(明石市指定史跡)。

 掘割祭はこうした先人の偉業をたたえ、水の恵みに感謝するために、長年、林崎掘割を管理する明石掘割土地改良区が主催し、碑前で行われてきた重要な行事です。

 当日は春らしい穏やかな好天のもと、午前10時30分から式典が始まりました。神職によって、伊藤次郎左衛門ほか林崎掘割を発起した人々の霊をなぐさめる祝詞が奏上され、関係者による玉串奉奠が行われました。碑前には掘割を管理されている地域の方々の手によって種々の神饌が供えられ、普段の簡素なたたずまいとはまた違った雰囲気につつまれていました。

碑前には採りたての春の恵み・筍も供えられていました。(中村健史撮影)

 大西教授は「地域教材による社会科教育」、矢嶋教授は「地域における水利用のあり方」、中村准教授は「梁田蛻巌の作品研究」と、それぞれ違った関心から林崎掘割に興味を持ち、たびたびフィールドワークなどを行っています。昨年7月には明石掘割土地改良区の史料調査を行い、貴重な史料を再発見することができました。今回もそのような取り組みの一環として掘割祭に参加し、調査を行いました。

 掘割祭は普段、立ち入りが制限されている林崎掘割渠記碑を間近に見ることのできる貴重な機会でもあります。今回も祭事終了後、土地改良区の方の特別のご厚意により、敷地内に入り、調査をさせていただきました。高さ3mになんなんとする林崎掘割渠記碑は大変重厚な造りで、書は明石藩に仕えた田原何竜が担当したと伝えられています。鏨の跡は今なおありありと何竜の筆意を伝え、蛻巌の文と相俟って、明石の文化の高さを伝える遺物です。なかでも今回は、平素見ることのできない碑陰の建立年記載(元文4年)を確認できたのが大きな収穫でした。

林崎掘割渠記碑を調査する中村准教授。(矢嶋巌撮影)

 地域研究センターを代表して中村准教授から明石掘割土地改良区の神足理事長にもご挨拶させていただき、大変充実した調査ができたことをお礼申しあげました。地域研究センターでは今後も林崎掘割をはじめとする地域の歴史的遺物や文化財、さまざまな行事等の調査を積極的に進めてゆきたいと考えています。特に明石市、神戸市西区などでご協力できることがあれば、お気軽にお声がけください。

【林崎掘割に関する地域研究センター教員の研究】
 大西慎也「「林崎掘割」の教材化―中学校社会科を事例に―」(『神戸学院大学人文学部紀要』46、2026年3月)
 中村健史「梁田蛻巌「林崎渠記」注釈」(神戸学院大学ポーアイ図書館ギャラリー展示『明石を描く文学 明石で
描く文学―江戸時代の文学・歴史資料を中心に―』展示解説、2025年9月)

タイトルとURLをコピーしました