2026年6月24日(水)、地域研究センターにおいて「明石の文学」研究会が行われました。
同研究会は中世文学を専門とする人文学部の中村健史准教授(地域研究センター研究員)が中心となって、関西大学非常勤講師・中村真理氏(近世文学、俳諧)、本学非常勤講師・小野明日香氏(中世文学、御伽草紙)などが参加し、明石にかかわる未紹介の文学作品を研究・紹介しようとする取り組みです。
5月27日(水)に行われた第1回に引きつづき、今回はまず小野氏を中心に柿本神社(人丸社)の一枚刷り略縁起の調査、翻字が行われました。江戸時代の寺社では参詣者に対して神仏の霊験や功徳、由緒来歴を説明するためのかんたんな刷り物を作ることがよくありました。多くは紙一枚に文章をまとめた木版印刷であるため、現在では「一枚物」「略縁起」などと呼ばれています。柿本神社については、これまでこのような一枚物の存在は紹介されておらず、今回の資料は江戸時代の人麻呂信仰を考える上で貴重な価値を持っている可能性があります。また、江戸時代、印刷技術はもっぱら都市部(江戸、大坂、京都など)を中心に発達し、地方では商業的な出版が乏しかったと考えられていますが、明石のような地方都市でどのような印刷・出版が行われていたかという実態を探る上でも、この資料には意味があります。「別当月照寺」という文字が確認できることから(江戸時代まで柿本神社は月照寺の支配下にあり、神社に対してこのような関係にある寺を別当寺と呼びます)、明石で刷られた略縁起であることはほぼ確実と思われ、地域史研究の上でも大きな意義があることは言うまでもありません。今後何らかの機会を得て紹介を行いたいと考えています。
つづいて中村准教授、中村氏により『藤井秘鑑』に収録された松平信之・西山宗因両吟の百韻連歌の輪読(二折)が行われました。この連歌は最近、中村准教授の調査により、その存在が明らかになったものであり、現在刊行されている『西山宗因全集』にも収録されていない、まったくの新出資料です。談林俳諧の主導者として知られる西山宗因はもともと大坂天満宮に仕える連歌師であり、その文名をしたった明石藩主松平信之の招きによって柿本神社にも奉仕するようになりました。当時、連歌は神への捧げ物と考えられおり、宗因はしばしば明石に赴いて柿本神社に納める連歌を詠じたり、あるいは信之と風雅の交わりを結んだりしています。宗因と信之の関係については、一座して連歌や俳諧にいそしんでいたこと、神出にあった信之の別荘に招待された宗因が紀行文を残していることなどが、すでに先行研究によって指摘されていますが(尾崎千佳氏『西山宗因の研究』)、今回『藤井秘鑑』を調査することで、信之の妻が亡くなった際、江戸にいた宗因が信之と二人で追悼の連歌を作っていることが分かりました。信之と宗因の関係がこれまで考えられていたよりも一段と親しいものであったらしいことが、この連歌の存在によって明らかになったのです。「明石の文学」研究会では、この連歌をなるべく完全なかたちで学界に紹介すべく、一句ずつ注釈・輪読を進めているところです。今回はその4分の1ほど、合計28句を通読しました。
中村准教授によれば、今後とも定期的に「明石の文学」研究会を継続し、着実に地域研究上の成果を挙げるとともに、できれば研究会の範囲を歴史や民俗にもひろげ、総合的に明石の文化を検討することを計画しているとのことです。研究会の成果がひろく学界、地域社会に裨益することを願います。


