2026年7月26日(日)、人文学部の原子壮太講師(地域研究センター研究員)が明石市大蔵八幡町にある「明石ハウス」において講演「竹の酒と亡霊たち ―タンザニア南部の山村の暮らしと語り」を行いました。今回の講演は地域研究センターの主催する「大蔵谷ヒューマンサイエンスカフェ」の一環として実施されたものであり、会場となった明石ハウスは地域研究センターの活動拠点として利用されている古民家です(明石市都市景観形成重要建築物「大塩邸」)。

当日は猛暑のなか多くの地域住民の方々にご参加いただき、和気藹々とした雰囲気のなか講演が始まりました。原子講師は本学赴任前、青年海外協力隊の一員として東アフリカ・タンザニアで活動した経験を持っています。現地の人々とのふれあいやフィールドワークにおける体験をもとに、わたしたちにとっては少し縁遠い、しかしどこか懐かしい感じもするタンザニアの暮らしが紹介されてゆきます。
講演の内容は、以下のとおりです。
タンザニアの南部には「ウランジ(Ulanzi)」と呼ばれる竹酒があります。わたしは2002年から2014年にかけてこの地域で活動を行いましたが、そのなかでたびたびこのウランジを飲みました。
ウランジはタケノコの先端部を切り取り、そこからにじみでる樹液が自然発酵したものを各家庭で竹筒(ムベタ)に採集して飲みます。雨季(12月~5月)がそのシーズンで、独特の風味があります。この地域では雨季が農繁期にあたりますので、人々は日ごろの労働をねぎらう意味で、近隣の人々や客人とウランジを酌み交わします。特に採集用の竹筒で直接ウランジを飲ませることは、親愛の証であり、最上のもてなしと考えられています。
ウランジを醸す竹は、タンザニアでも南部の一部地域にしか繁殖していません。そうした地域では、どのような生活が行われているのでしょうか。2006年、わたしが調査に入ったI村の例で言いますと、農耕、狩猟採集、漁撈を中心とする生業が営まれていました。農業は焼畑耕作による陸稲栽培で、食生活の中心はコメです。アフリカマイマイ(カタツムリの一種)の貝殻を使って稲刈り(穂刈り)を行うのが特徴的です。副食物としては、狩りで得た野生のイノシシや大型の齧歯類、淡水魚、さらにはキノコやナッツ類などがあります。時分時になれば通りがかりの人にも声を掛けて食事に誘い、夜になると歌や踊りを楽しむという生活です。

わたしが夜遅くに帰ってくるのを見ると、I村の人たちは少し冗談めかして「こんな時間に出歩くとリンガサガに出くわすぞ」とおどかします。リンガサガはこの地域に出没する亡霊のようなものです。逆立った髪、白い顔、大きく見開かれた目、一枚布の服(現地では死者を埋葬するときの衣裳です)、そしてくるぶしから下は普通の人間の逆になっていて(つま先が体の後ろを向いている)、かなり特徴的な外見です。リンガサガに出会ったときには「腹を割く道具をくれ」と叫ぶと逃げてゆく、と村の人々は言います。
興味を持ったわたしは、リンガサガについてI村で調査をしてみました。リンガサガは森に住み、夜更けに村にやってきて残飯をあさると言われています。ウランジが好物で、竹藪のなかでウランジを飲み干し、竹筒を棹にたたきつけて大きな音を立てるとも言います。「昨日来た」という人もいましたし、年配者のなかには逆に「最近リンガサガが来なくなった」という人もいました。その理由を「村人が森から離れて集まって住むようになった」と説明する人もいます。この背景には、タンザニアで集村化政策がとられ、ある時期から昔ながらの散村形態の村が少なくなっていったこと、さらには、焼畑耕作の後、森林が再生せず竹藪へと変化していったこと、などの事情があるようです。
講演後は会場から活発な質問が寄せられ、熱心に質疑応答が行われました。参加者の1人から「ウランジはどんな味ですか」という質問が寄せられた際には、原子講師はユーモアを交えつつ「酒造会社の人が試飲に来たことがありますが、『マッコリとカルピスのいいとこどり』と表現していました。カルピスサワーに似ていますが、こんなふうに言ってしまうと、ちょっとありがたみがなくなってしまいますね。竹ならではの青臭さも少しあります。雨季の終わりになるほど味わいが濃厚になって、おいしくなります」と答えていました。

地域研究センターでは地域社会に開かれた一般向け講演を定期的に実施しています。あかし市民図書館と連携した催しも含め、今年度にも多数の講演会が予定されていますので、ふるってご参加いただければ幸いです。
講演の予定については、【こちら】をご参照ください。
