2026年6月27日(土)、あかし市民図書館において「大蔵谷ヒューマンサイエンスカフェ」(神戸学院大学地域研究センター、あかし市民図書館共催)が開催され、人文学部の長谷川弘基教授が「小泉八雲 人気教師だった理由」と題する講演を行いました。
当日は台風による悪天候のなか数多くの市民がつめかけ、立ち見も出る大盛況となりました。

講演の概要は以下の通りです。
ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)は1850年、イギリス人(アイルランド出身)の父とギリシャ人の母のあいだに生まれました。アメリカにわたって文芸関係のジャーナリストとして活躍していましたが、1890年、来日し、五高(熊本大学の前身)や東京帝大で教鞭を執っています。ご承知のとおり、小泉セツ(節子)と結婚し、日本に帰化して、1904年、日本で亡くなりました。
ハーンは著述家であり、日本文化の研究者・紹介者としても活躍しましたが、同時にすぐれた教師としての面も持っていました。特に東京帝大に赴任してからは、英文学の講師として学生から高い人気を博していました。ただし、ハーンはいわゆる「英文学者」ではありません。むしろ「よき文学の師」とでも言うべき存在ではなかったかと思います。
現代ではハーンが英文学者、あるいは英文学の教師として高く評価されることは、あまりありません。しかし当時の学生たちは、ハーンをきわめて高く評価しています。ハーンは柔軟な価値観の持ち主で、人間的な魅力にあふれる人でした。また教育に対して強い情熱があり、学生思いでもありました。さらには文学に関する広範な知識をそなえ、英語圏の文学はもとよりフランス語、ラテン語にも習熟していました。
ハーンはみずからの授業を「文学を創作するため」のものであり、「創作家にならないとしても文学を鑑賞し、かつこれを愛好する」ことを目的としている、と述べています。さらにはそのような文学との関わりを通して、人格的成長を目指さねばならないとも言っています。言いかえると、世俗的な実利を目的として英語、あるいは英文学を教える授業ではなく、文学を通して学生の魂や心を育もうとしていたのです。
またハーンは日本の詩(短歌、俳句)をギリシャの古代詩と比較されるべきものと考え、かなり高く評価していました。学生たちにとっては、そうした文学観がハーンに対する親近感を育んだという面もあったのではないでしょうか。特に日本の詩が余韻や余情を重視し「ほのめかし」を好むという指摘などは、日本文学の本質をついたもので、日本の文学と西洋の文学を架橋しようとするハーンの熱意が感じられます。
その優れた文学観も含め、教師としてのハーンはもっと高く評価されていいのではないでしょうか。
講演終了後は活発な質疑応答が行われ、ハーンの魅力についてさまざまな意見が交わされました。またあかし市民図書館のご尽力によりハーン関連の蔵書展示が行われ、参加者のみなさんが楽しそうに手に取っていらっしゃいました。
地域研究センターでは地域社会に開かれた一般向け講演を定期的に実施しています。あかし市民図書館と連携した催しも含め、今年度にも多数の講演会が予定されていますので、ふるってご参加いただければ幸いです。
