2025年11月8日(土)、阪神奈大学・研究機関生涯学習ネットが主催する「公開講座フェスタ2025」が大阪府立男女共同参画・青少年センター(ドーンセンター)で開催され、地域研究センターの中村健史准教授が「奈良から明石へ―柿本人麻呂が結ぶ縁―」と題して講演を行いました。
講演の要旨は以下の通りです。
万葉歌人として知られる柿本人麻呂は、『万葉集』巻三に収められる「天離る鄙の長路ゆ恋ひ来れば明石の門より大和島見ゆ」などの作品から、明石を訪れたことが知られています。しかし人麻呂と明石のゆかりとして後世有名になったのは、むしろ『古今集』羈旅部に収められる「ほのぼのと明石の浦の朝霧に島隠れゆく舟をしぞ思ふ」でした。
鎌倉時代以降になると、「ほのぼのと」の歌が人麻呂の代表歌としてあまりに有名になりすぎたため、明石に人麻呂の「墓」と称する遺跡が作られるようになってゆきます。通称「人丸塚」と呼ばれたこの墓が、室町時代に入ると柿本神社として拡張され、ついには江戸時代、明石藩主であった松平信之によって由緒を記した石碑が建てられるに至りました。
「亀の碑」と呼ばれるこの碑文は、幕府儒官・林鵞峰に依頼して書かれたもので、史料批判に基づく人麻呂の伝記として画期的な内容であり、明石と人麻呂の縁を述べたくだりなどことに文章の妙を尽くして、文学作品としても高く評価することができます。

信之はこの石碑を建てた後、大和郡山藩に転封するのですが、新たな領内(葛城市新庄)にも人麻呂の墓と称する遺跡(柿本神社)がありました。奇遇を喜んだ信之は、ここでも境内を整備し、人麻呂のために墓碑を建てて、鵞峰の子・林鳳岡に撰文を依頼しています。奈良と明石は人麻呂を介してつながっていたのです。

当日は1時間半にわたる長丁場の講演でしたが、30人を超える聴衆の方々にご参加いただき、終了後は活発な質疑応答も交わされました。
中村准教授の講演内容は、地域研究センターにおける研究活動の一環として柿本神社(明石市)や松平信之に関する調査の成果を踏まえたものであり、専門的・学術的な内容を分かりやすいかたちで社会に還元してゆくという意味で、センターの活動趣旨にかなった取り組みであると言えます。われわれは地域研究センターにおける地道な研究活動が、ひろく社会全体に貢献することを目指して、今後とも各自の研究や社会活動を続けてゆきたいと考えています。
(今回の講演の開催にあたっては本学社会連携グループの多大な助力がありましたことを附記いたします。)
