2023年度第2回大蔵谷ヒューマンサイエンスカフェ 講演会「明石 朝霧 人麻呂のまち」が開催されました

 2023年11月19日(日)、2023大蔵谷ヒューマンサイエンスカフェ第2回として講演会「明石 朝霧 人麻呂のまち」(講師:中村健史准教授)を実施しました。今回はあかし市民図書館との連携のもと、同館「地域学講座」の一環として講座を開催し、多くの方にご参加いただきました(参加者29名)。

 今年は明石ゆかりの万葉歌人・柿本人麻呂の1300年忌にあたります。国文学を専門とする中村准教授は、地域研究センターにおいて「明石の文学」をテーマに研究を重ねてきた実績があり、市内・柿本神社に建立された「亀の碑」の注釈の作成なども行っています。あかし市民図書館からの委嘱により、今回のヒューマンサイエンスカフェが実現しました。

満員の聴講者で埋まった会場
講演する中村准教授

 中村准教授ははじめに、柿本人麻呂に関する確実な史料は『万葉集』がある程度で、現在に伝わる資料や伝承の多くは平安中期以降、人麻呂の神格化とともに生みだされたものに過ぎず、歴史上の人麻呂がどのような人生を送ったかはほとんど分からないことを説明した上で、『万葉集』巻三に収められた人麻呂の和歌を紹介。「灯火の明石大門に入らむ日や漕ぎ別れなむ家のあたり見ず」(明石海峡に沈もうとする夕日よ。海に乗り出して、これからもっと遠のいてゆくわが故郷のあたりはもう薄暗くて見えない)が明石海峡を近畿圏最西の地ととらえ、そこから離れてゆく心細さや望郷の念をうたうのに対し、「天離る鄙の長道ゆ恋ひ来れば明石の門より大和島見ゆ」(遠く離れた田舎から、長い道のりを経て故郷を恋しく思って旅してくると、明石海峡から奈良の島影が見える)は西海からはるかな旅路を経てようやく近畿圏にもどってきた安らぎをうたっていることを指摘し、飛鳥時代の人々にとって明石が近畿圏とその外周部の「境界」であったことを述べました。

 ついで『古今和歌集』に収められた伝人麻呂歌「ほのぼのと明石の浦の朝霧に島隠れ行く舟をしぞ思ふ」(明石の浦の朝霧のなかに、ほんのりと見えては島陰に隠れてゆく舟。あの舟はどこへ行くのだろうかと想像をめぐらす)が『万葉集』収録歌よりも有名になったいきさつを解説し、この歌こそが人麻呂と明石を結びつける鍵になったと強調しました。明石は人麻呂の生誕地でも死歿地でもありませんが、人麻呂の代表作と信じられた「ほのぼのと」の歌が詠まれた場所である(と考えられていた)ために、「人麻呂のまち」としての地位を確立してゆきます。南北朝時代に作られた歴史物語『増鏡』には、すでに明石に「人麻呂の塚」があったことが記されており、それは人麻呂の墓のようなものではなかったかと推測されます。また、戦国時代の歌集『再昌草』(三条西実隆)には明石の浜辺に人麻呂が腰を掛けたという松があったことが記録されています。

かつて柿本神社で頒布されていた柿本人麻呂の像を示しています

 「人麻呂の塚」や「腰掛けの松」は人麻呂が亡くなってから数百年以上経ってから生まれた伝承であり、それ自体としては信憑性にとぼしいものですが、背後には「明石は人麻呂のまちではあるが、生誕地でも、死歿地でもなく、関係がうすいので、どうにかして人麻呂が明石に来た確実な証拠がほしい」という明石の人々の切実な願いがあったのではないかと思われます。こうした問題をうまく解決したのが柿本神社の「亀の碑」(1664年)でした。「亀の碑」は明石藩主・松平信之が幕府の儒官であった林鵞峰に文章を依頼したもので、伝承や不確かな資料を排し、確実な史料(『万葉集』)に依拠して人麻呂の伝記をつづった点で画期的なものです。その末尾には「人麻呂一たび去りて千歳、得て之を見ず。明石浦を見ることを得ば斯れ可なり」(人麻呂は死んでから千年以上経っており、直接会うことはできない。人々は明石の浦を見ることで満足するのである)という文章があり、「生誕地であろうが、死歿地であろうが、どこに行こうと人麻呂に直接会うことはできない。それならば明石に来て、人麻呂が見た風景を見、人麻呂の思いを追体験するのがよいのではないか」という鵞峰の思考が見てとれます。中村准教授は講演の最後を「これは生誕地でも、死歿地でもなく、単なる『ゆかりの地』に過ぎない明石に対して、鵞峰が贈ったエールですね」としめくくり、会場からは大きな拍手が起こりました。

 1時間を超す講演が終わった後は参加者の方々からの挙手を募り、活潑に質疑応答が行われました。

聴講者からはいろいろな質問がありました

 人麻呂1300年忌は後世の伝承に基づくものであり、史実としては疑問が残りますが、人麻呂ゆかりの年に人麻呂ゆかりの地でその事跡をしのび、地域の方々とお話する機会を持てたことには大きな意味があります。地域研究センターではこれからも明石・神戸・東播磨地域に関する学術的な調査・研究を継続的に行い、その成果を分かりやすく地域の方々に還元することで地域連携・地域貢献の実を挙げてゆきたいと考えています。

 ※「亀の碑」全文の書きくだし、注釈は下記中村准教授のresearchmapから無料でダウンロードすることができます。   https://researchmap.jp/nakamuratakeshi/misc/36616980

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